
Staffスタッフ
両店を行き来しているスタッフがおりますので、お問い合わせください。

社長
東谷早苗
昔は、誰もが憧れるトップスタイリスト。今は、みんながやりたいことを応援してくれる縁の下の力持ちです。 |
【美容師になったキッカケ】
私の家は、祖母の代から母とその姉妹の叔母2人を含めて美容をやっていて、着付けや美容の仕事をいつもキレイと思ってみていました。特に、叔母達の作るヘアスタイルがいつも素敵で魅力的だったので、働いている美容師さんもお客様も、みんながキラキラ輝いて見えていて、本当に素敵な空間でした。
私は小さい頃からそのような雰囲気で育ったので、自然に自分もそういう雰囲気を作れる人になりたいと思って美容の道を選びました。
【美容師になってみて】
初め、国家試験の課題のワインディングやピンカールで苦しみました。ヘアやメイク、ファッションであれば、どんなスタイルでも自分が素敵だと思うポイントを見つけられるのですが、課題のピンカールだけはどう見ても「きれい!素敵!」とは思えなくて、何がポイントなのか見えなくて。これってほんとに必要?って、正直嫌で練習も進みませんでした。
でも、先代の社長にカール一つ一つの重なり方とか、方向性の意味を見せてもらった時、「あ、こういうことか!」ということがものすごく腑に落ちて、自分のイメージ通りの仕上がりにするための一つのカール、一つのリッジを理解することが出来、一気に技術にのめり込むようになりました。
とにかく早くカットがしたくてアパートのキッチンでひたすらウイッグを切っていました。アシスタント時期が短くて経験が足りなかったことを、あとからやり直したという経験があるので、美容師として長く続けていくために、ひとつひとつの技術の意味をしっかり理解して技術を身につけていくことで、思い描くものを自由自在に表現出来ることを実感しました。
【美容師になって楽しかった?】
はい、ものすごく楽しかったです。美容師としての仕事は、全てに意味があって、心から天職だと思っていました。お客様と深いお話も出来たし、何十年もプライベートでもお付き合いが続いている方達とも出会えました。
学生時代から、進学、受験、就職、結婚、出産と、美容を通して悩みを聞いて、工夫して解決して、と、ずっとお付き合いできて、お子さん達の成人式や結婚式まで担当させていただけて、その人らしさを表現するお手伝いをしていけるなんて、美容師って本当に素晴らしい職業だと誇りを持っています。
【社長になってから】
社長とは?経営者とは?と、ものすごく考えました。スタッフみんなが幸せに豊かに仕事ができる、そんな会社を作りたいと思っていろいろと考え、セミナーに行き本を読んで、自分なりに勉強したのですが、そこに答えは見つからず、結局以前は「自分の背中を見せる」という答えしか出てこなくて本当に悩みました。
例えば、お客様に喜んでいただいて、みんなのお給料を上げるためには、私が一番売上をあげなきゃ、指名も頂いて、リピートもあって、店販も売れているという状態にならなきゃ。そしてその背中を見せることで、自分が得てきた気づきやヒントを伝えていかなきゃと思っていたので、とにかく結果を出すことに必死でした。
周りは、「東谷さんだからできる」みたいな感じで、、常に気持ちは孤独で不安でした。
その後、突然倒れハサミを持つことができなくなったのですが・・・その時は、全部の責任は自分、と思い込みすぎて、突然身体がついてこれなくなった感じでした。
あの時は、売上も順調でしたが、みんなの給料はどうすれば増えるのかなと思い悩んでいて、例えば、手取りが30万とか40万を超えるのにどれだけ働かなくてはいけないのか、手取り50万を可能にするには、どうやって売上を上げなければいけないのかと、先が見えない恐怖感がありました。
私はずっと、美容業界の年収が低いと感じていて、一方、大学の友人は、都内の大手企業や大手銀行に勤めていて、時代もありますが、20代で年収が600万とか700万という人もいるのです。
その現実を見て、「何だ、この差は、、、」と思ってしまって。
その友人に話を聞いても、特別に努力したわけではなく、「今期、会社の業績が良かったから、ボーナス150万出たんだ。」と言われたりしました。
何かすごく理不尽だなと思ってしまって。
その時、うちのみんなを見ると、「絶対お客様が望むことに応えたい」、「うまくなりたい」と言いながら、夜も残ってたくさん練習して頑張っていたので、なんで、私たちはこんなに違うのだろう・・・」という気持ちがありました。だから、みんなでお給料を上げるためには、とにかくまずは私が売上を上げなくてはと思って頑張っていました。
そのため、いつも「もっとできる、もっとできる、」と言い聞かせて働いていたのですが、気づいたら倒れて何もできなくなってしまいました。
【倒れてから今に至るまで】
私が倒れたことで、お店はパニックでした。今後のことも全くわからなくて、お客様にも本当にご迷惑をおかけしてしまいました。
スタッフみんなに本当に迷惑をかけました。そして当時のスタッフ全員、本当に頑張ってくれたのです。
私がいなきゃだめだ、ではなくて、私がいなくても会社が十分に、心配なく回るようにならなければいけない。
そのように考え方を変え、スタープレーヤーを作るのではなく、一人一人が自分の能力を活かして協力し合える、お互いに何かあっても安心して働いたり休んだり助け合えるお店になりたい、という方向にシフトすることが出来ました。美容師とは…という古い常識で、どうせ無理 って思っているけど本当はみんなそういう職場を望んでいるんですよね。
【今はどうですか?】
今は、そういうお店づくりができてきていると思っています。
スタッフ一人一人の言葉を聞いていても、それを実感していることを感じています。
